それから  僕の存在にはあなたが必要だ

『それから』という映画は、言わずと知れた夏目漱石の有名な小説を原作とする映画である。夏目漱石の作品を映画化したものはおそらく『坊ちゃん』や『心』など見た事があるが、あまり覚えていないくらいなので、私には面白いものではなかったのだろう。実際 漱石の小説を映画化するのは非常に難しそうだ。ストーリー自体は淡々としているので、そこを映像でなぞっても、だからどうしたとなるに違いない。漱石の文章の魅力は、やはり描写力だと言える、情景、心情の表現は素晴らしい。日本語の美しさとはこう言うものかと、たまに読み返すとつくづく思う。と私が言うもおこがましいが、細かな人物の動きや色合いがその文章から鮮明に浮かんでくるのだ。私が知らない熟語が並び、それが魅力的に見えるのは文字と文章の芸術と言えるのかもしれない。そんな名作を映像化するとなるとやはりハードルが高くなるように思う。私がもし漱石の映画を作る機会があったとしても(絶対ない事だが)きっとすぐ諦めてしまう事だろう。なぜなら これほど並んでいる言葉の音や、漢字の形を含めた視覚的な美しさと、表現されている内容の完成度の高いものをわざわざ壊す様なことはしたくないと思うからだ。

しかし 感想文に書こうとしているこの『それから』の映画版は私の中での夏目漱石作品のイメージを壊さず作られた映画として安心して見れる大好きな映画だ。確か19歳くらいの時に見た様に覚えている。その当時レンタルビデオで借りて気に入り、ダビングして何度も見た。影がありながらも鮮やかな印象の画面で、独特の画面構図の取り方、セリフの間の取り方もきっと漱石の小説のイメージをより誇張した様な作りだ。漱石の世界以上に漱石の世界を表せている様に感じた。松田優作が着こなすオーバーサイズだけれどすっきり見える衣装や 女性たちの鮮やかな着物もファッション好きを楽しませてくれる。またエリックサティ風の音楽がより幻想的な雰囲気を上手く演出している。監督は森田芳光でもう亡くなってしまったが、1980,’90初頭当時は斬新で意欲的な作品をたくさん手掛けていた。『家族ゲーム』も好きな作品の一つだ。きっと漱石の要素を使って 森田芳光監督風にうまく料理されたからこその映画になったに違いない。

物語は三角関係の恋愛模様を軸にして 明治の社会背景も描き出している。主人公は松田優作演じる長井代助、東大を出て高等遊民と称される知識人 無職で、財をなした親の資金援助でのらりくらり生活している。今で言うプータロー、と言うと聞こえが悪いがこの当時は裕福層にはありえる存在であったのだろう。代助と学生時代からの友人平岡、そして平岡の妻三千代の関係を 原作通りの少しぎこちないセリフのやり取りから 心情を読み解く感じで見ていくのが面白い。セリフの間合いと同時に、それぞれの俳優の仕草や表情などが、言葉以外の大きな役割を果たしている。特に豪快なイメージの松田優作の抑えた演技は素晴らしく、そしてとても色っぽいのだ。注意深く見ていると代助と三千代以外の登場人物は、いつも忙しなく、目的を持って動いているのがわかる。それが一層代助の”アンニュイ”な生活感と、三千代の弱く消えそう存在を強調している。

再会前2人はそれぞれに目的を失っていた しかし 再会し、お互いの必要をもう一度確認していく。 

後半で私が心奪われた台詞は夏目漱石らしい深い告白の表現だった。『僕の存在にはあなたが必要だ。どうしても必要だ。』『承知してください 承知してくれますね』そうすると三千代は『しょうがない 覚悟を決めましょう』と答える。三千代役は藤谷美和子でその台詞の言い回しは声がすこしかすれ 息が詰まって苦しい感じをよく表していた。『ぼくの存在にはあなたが必要だ』 なんて、利己的な言葉に聞こえるが、言い方を変えると『あなたが側にいなけれが ぼくは存在しないと同然だ』と、自身は非常に卑小な存在なんだと自覚している言葉にも聞こえるのだ。代助は3年前平岡に三千代を、ニセの義侠心によって譲ったことをひどく後悔して、無気力な気持ちで結婚もせず 仕事もせず自分自身を罰してきた。再会し心躍るのと同時に三千代の不幸な状況を見て、もう耐えられないと思っていたのだろう。三千代も同じ様に自分を罰してきたのだと言う。代助のことを思いながらそれを伝えられず、平岡を受け入れてしまったことに対してだ。時代背景もあるかもしれないが つまらないプライドや決めつけによって他人や自分の本心を見限ってまうことがある。、本当を知らない方が傷つかない あるいは 本心を言わない方がが丸く収まると言う、事勿れ主義による日本人の悪い習性に(時には良い)がよく表されている。そんな風にすれ違ってきたことは、きっと私にもたくさんあった様に思われるのだ。でも この2人は、お互いに欺いてきた本心を確認する機会があったため、覚悟を決めなきゃいけないという思いに追い詰められていった。とても切ない純愛物語だ、、がいや旦那の平岡にしたら 何を今更、それは酷い裏切りの何ものでもない。本人たちは純愛のつもりでも 結局 ルール違反の倫理を欠いた行為として終息することになる。代助は代償を負って実家から勘当され、家を出る というシーンで映画は終わる。

その後 2人はどうなったかは分からないという曖昧な結末であるが 少なくとも代助には生きることの現実を得られた機会になった。三千代を求めたことで自身が軽蔑していた『生きるために働くと言う身分』になったことは、結果として彼が求めていたものだったのか または受け入れ難い苦痛なのか 人の生き方の真実は いずれにしても私たちには一生分からないことなのかもしれない。真は天の道なり 人の道に非す。 

『それから』の続編は 『門』として夏目漱石は描いている。代助と三千代のその後を思わせるある夫婦の話で高等遊民とは程遠い生活の話となっていたと 憶えているが。この機会にもう一度読んでみようと思う。

1985年公開 監督 森田芳光 第31回キネマ旬報賞 日本映画監督賞 他