ART AND CRAFT 真似ることは生きること

2014年製作のこの映画は、アメリカで贋作を作るある男性についてのドキュメンタリーだ。男性はマーク ランディスと言って、独自に考えた技法で多くの有名作家の絵画やドローイングを模倣し、その贋作をアメリカの多くの美術館に寄贈していた。しかもそれがあたかも本物であるかの様に嘘をつき 自身も名前を変えるなどして美術館を騙していたのだ。ただ あくまでも寄贈であるので金銭の問題は発生せず、結局 詐欺事件とはならず罪には問われなかったと言う謎の贋作事件。なぜそんなことをしたのか? そこが最も興味深いところだろう。

 

 

私はなぜ彼がそんなことをしたか、と言うことは 彼の風貌によってなんとなく解る気がした。決して悪意があるわけでも、アート界を皮肉ったコンセプトがあるわけでも無い。ただ 寂しいかっただけだったのでは無いか 自分が唯一できることで どんな形でもいいから誰かに尊重されたかったのだろう。変わった雰囲気を持っている彼の風貌は 幼い頃から変わり者や精神的な障害をもつ者として扱われ 不条理な扱いを受けてきたと感じずにはいられない。しかし、ドキュメンタリーの中での彼は、とても静かで独特な口調と声で既知に飛んだ発言をし、まるで個性派俳優を見てる様な感じさえした。この人はどこからやってきたのか?と思わせる不思議な貫禄さえ感じるのだ。沢山の美術館が彼になぜ騙されたのか、なんとなく解る気がする。浮世離れしたその雰囲気と彼自身の演技によって人を欺句ことができると彼自身が気付き、美術館の興味も熟知していたのだろう。それはいわゆる ”歴史的芸術のもつ権威とお金” であることだ。その目眩しを使って学芸員を上手く操って 束の間の優越感を得ていたのかもしれない。でなければ蔑まれる人生で終わるのを知っているから。精神科のカウンセリングでの姿はまた患者の様相を演じている様にも見えた。生きて行く中で 身に付けた彼の処世術だったのだろうか。父親の様に真面目すぎるが屈折してる人間に対して軽蔑の言葉を発していたのが印象的だ。

 

 

 

さてこの映画から大きな要素も気づかされる。それはアートおいてのオリジナルとはと言う問題だ。この映画の原題は『Art and Craft 』だ。ランディスは自分の作品は図画工作だと言っている。彼の制作行為は高い技術があるが、ただ写しとっているとい行為でそれだけではアーティスチィックな作業とは言えないのは確かだ。おそらくその部分はクラフト的言える。多くの人から『高い技術があるのだから 自分の作品を作ったらどう?』と言われていたが彼自身はそれは 『出来ない』とは言わないのである。そこに何かプライドを感じたし、同時にまたコンプレッックスを感じずにはいられなかった。『アート作品にオリジナルなんてないのだ』と彼自身も映画の出だしで話している様に、世界はコピーのコピーのコピー、、の様なものであ利、同じものを一段階かえて新しく見せているだけだったりする。だったら目の前にある大好きで素晴らしい絵画を、模倣して自分のものにするのがなぜ悪い、というくらいなものである。確かに、生きること学ぶことは、真似ることだ。真似て得た技術を用いて自分の表現に転化していくことが、本当の学ぶ事だとしたら、模倣だけしてる作家と、そこから展開する表現者は明らかに違う。ランディスの場合はその応用ができるほど独自の感性 または主体としての自己を持ち得なかったという事である。もっと言ってしまえば 上記した様に処世術として見えた行動は”演じること”は 真似して誰かになりきること テレビのセリフを真似て会話する事 そういうことでしか、世界を生きられなかったのだろうことがわかる。

 

 

では タイトルに『art』とあるのか。 唯一彼のオリジナルを発揮したアイデアは 美術館に贋作をプレゼントする行為だったと言える。真面目にコンセプチャルな作品を作ってる人でもこんなことなかなか思いつかないだろう。一歩間違えば偽称の罪で訴えられかねない。それでも慈善行為してそれを30年もの間行ってきたのだから、彼は本物のコンテンポラリーアウトサイダーソーシャルエンゲージドアーティストだと理解できるのだ。 それにしても お金が目的じゃないことが そんなに奇妙なのだろうか? それがアメリカのアートの価値の本質なら、本物を見る目は期待できない。きっとこれからも偽物をつかまされることは間違えない様だ。

 

 

2014年製作 アメリカ 監督 サム カルマン / ジャニファー グラウスマン

 

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